ゆうこの告白。

白状すると・・・。

私にとって、「性」の話題は、自分の中で一番いやな、避けたいことでした。



Eのカムアウトを受けたとき、

私は姉に電話して、こう言った。

「ねえさん、私がこのことだけには触れてほしくないことを、

どうしても見なきゃいけないようにされてしまった・・・

本当は、見たくない。考えたくない。

嫌だ。つらい。逃げたい。

でももう避けてはいられなくなっちゃった。

どうしても向き合わなくてはいけない・・・

これって、いったい、どういうことなんだろうね?

どういう意味があるんだろう?」

と、泣きながら姉に訴えた。

姉にしかこの自分の本音は言えなかった。


姉は・・・

「そこに意味があるのよ。

逃げずに見据えなさい。向かい合いなさい。

そうすれば必ず答えがわかるから・・・」

そう言った。



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ようやく今ね、

その答えが少し見えてきた気がしてる。


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カムアウトされたことで、

気づかなかった自分の偏見に目を向け、

それを取っ払う作業を、Eを通して、してきたんだと

そう思う。


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この間、Eと一緒に行ったカフェで。

そこはお母様とその娘さんが親子でやっているところなんだけど。

私は自分でもビックリするくらい自然に、そのオーナー親子に向かって

Eをこう紹介した。(もちろん、その場でEにことわってからだけど)

「この子、同性愛者なんですよ」。

一年前の自分には考えられない行動。

自分で自分に驚いた。

またその親子もごく自然に・・静かに・・私の言葉を受け止めてくれて・・・

その後の私とEの話に耳を傾けてくれた。


嬉しすぎる、あり得ない話。

でも現実にあった話。

Eという鏡を通して、私は自分を見させてもらってると、心から思った。



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ただ。

今また改めて思う。

「この子、同性愛者なんです」

ではなく、

「同性愛者でもある子なんです」

と表現すべきだったのでは・・・と・・・。



E=同性愛者

でなく、

同性愛者であることは、Eのなかの一部であって、すべてではない。



いつのまにか私の中に思いこみがあったから、

ああいう言い方をしてしまったのかな・・・



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私は今、Eを危惧しています。

同性愛者を主張するあまり、本来のEが隠れてしまっていないか・・・

同性愛者としての活動が目立ち過ぎて、

大学四年生としてのEが見えにくくなっています。

カッコいいし、親の私から見てもイケメンの彼女だけど・・・


Eの内面の、底の底にあるものって、何?

私はEからそれを言葉で聞きたい。


静かにクールに耳を傾けることも大切なこと。

でも、自分の思いを冷静に言葉で表現化することももっと大事だと思う。

時には感情の任せるまま、言いたいことを言いたい放題、口に出したっていいんです。


今のEを見ていると、

つらくなるのは何でだろ・・・


「同性愛者」という言葉を、Eから取っ払ったら、何が残るのかな・・

EがEとして、社会で自立して生活していくとき、彼女の手には何があるのか・・


etsuさんやbiancaさんたちのすごさの本質は

「同性愛」という枠の中にとどまらないところだと私は思います。


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愛する娘Eへ。

どうか誤解しないで耳を傾けてくれますように・・・




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by jandaramommy | 2011-09-24 11:54 | かんがえたこと