昇る人生  降りる人生



とうとうわが家の桜が咲きました。
a0238324_21305390.jpg


まだだ・・・もうすぐ・・・遅いの早いのと
これほど人の口の端に上せられる花もない。
桜。
a0238324_21321132.jpg


桜と言えば
この時期ならではの着物を着てボランティアのお手伝いへ行ってきたよ。
この小紋を。
a0238324_21401366.jpg


柄はこんな感じよ。
a0238324_21405695.jpg


30年以上前の時代物。母があつらえてくれた着物です。
叔母が糸を紡いでくれて、一反つくり、母が名古屋の染物屋さんに持っていって柄を決めて染めてもらったものだと初めて聞かされました。
その叔母は今は90近い年齢です。
叔母に見せてあげたいな・・・・


一緒にボランティアしている友人の着物姿ですのよ。
この帯は私が最近染めたもの。
「花筏」(はないかだ)という名の型紙を使った桜の柄。
遠目には星のようにも見えますね。
a0238324_21494858.jpg


彼女のセンスが光っています。
私もこんなふうにステキに着物が着られたらいいのだけどね・・・

a0238324_21511288.jpg



見てくれるかたが喜んでくださるので、月一回のボランティアに行く時は、なるべく着物を着ていくようにしています。
季節感を大切にしてね。



==================




「降りてゆく生き方」という考え方があるんですね。


この言葉を見たとき、とても新鮮に響いたと同時に、妙に納得した感触がしました。

やはり私も、いつまでもどこまでも、生きている限り、のぼりつめてゆかねばいけないような気がしていて・・・・

考えてみれば、それは誰からも強制されているわけでもないのですが

なんとなくそう思い込まされてきた自分がいます。

いつも昇ろうと頑張り続けることはしんどいです。



「降りていく」の言葉には自分の意志が感じられる。

「落ちる」ではない

「下りる」でもない

自分で「降りていく」。

山登りだって、頂上まで行けば必ず降りなければならない。

頂上まで辿りつけなくても、天気や体調の具合で降りなければならないことだってある。

降りることは悪いことでも敗北でもなく、必然だと気がついた。

問題は、自分の価値観。

なぜ「降りること」を否定的に捉え、「昇ること」が盲目的にいいことだと考えてしまうのかなぁ・・・


病気を「悪」と考えたり

「死」を忌んだり

立ち止まったり、あるいは後退することは負けで

前向きがよくて

後ろ向きはだめだと。


でもこれってありえない

生と死が同一線上にあるように

前があるから後ろがあって

日当たりがあるから日陰ができる

人生だって、のぼったら、降りるわけでしょ?


本当は「のぼる」も「おりる」も認識せずに

ただ淡々と生きていければいちばんいいなと思います。

「人はいつか世を去るから今を大事にしなさい」
(ドイツの詩人フライリヒラート)

結局は「今を大事に生きる」・・・このことばに尽きるのでは・・・・ね?



桜の花だって

淡々と咲き、淡々と散っていくから美しい。

欲なく飾らず。




とはいえ・・・・・

垢まみれ欲まみれのこのわが身よ~~♫

よく言うよね・・・(-"-)


トホホのちょんちょん



にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村
[PR]

by jandaramommy | 2012-04-03 12:43 | にっき